「オーバーテイク!」から「Re:CREATORS」を見直した話

前回初めてブログを書いてからすっかり一週間ほど経ってしまったが、残しておきたいことができたのでまたキーボードを叩こうと思う。

 

TROYCAというアニメ会社をご存じだろうか。

いい作品を作る割にあまり知名度がない気がするが、作品は本当に素晴らしいものばかりだ。

今回はそんなTROYCAが作った2023年冬期アニメの「オーバーテイク!」を観たところから始まる。

 

F4で弱小チームながらも上を目指すドライバーの浅雛悠とある出来事がきっかけで人が撮れないフォトグラファーの眞賀孝哉が出会うところから物語は始まる。

作中では東日本大震災にも触れておりその踏み込んだシナリオと主人公たちの成長と迫力のレースシーンが魅力だ。

物語の構成も上手く1話と12話を比較すれば主人公たちが成長した姿が一目瞭然であるし、途中の盛り上がりから終盤での終わり方もさすがといったところである。

ちなみにちょうど同じ時期にイニシャルDの続編である「MFゴースト」も放送されており、レースの迫力で言えばそちらに軍配が上がる。

 

そして、そんな素晴らしい作品の最終話を観終わった時、ふと同じくTROYCAが作ったRe:CREATORSという作品を見直したくなった。

そして、終わりの部分を見直した時に素晴らしい作品に対する賞賛と共に今の思いを残したくなったのだ。

 

このアニメを超簡単に説明すると”みんなの創造物”アルタイルVS”プロの作家が作った”キャラクターたちだ。

”みんなの創造物”アルタイルはきっかけは誰かの投稿にあれど、そこから付随する様々な物語はアマチュアの二次創作によって作られたものだ。そしてそうやって作られた様々な設定達は消費者の手によって認められ確定されていく。ある意味で無限の可能性を秘めている存在である。

”プロの作家が作った”キャラクターたちは漫画にせよ小説にせよ作家が作った作品によって設定が確定される。もちろん二次創作はあれど一番皆に認められる設定は公式のものである。公式が正義であり、公式の設定に縛られる存在たちである。

そんな無限の設定に基づくことで最強となった存在と、ある物語では最強であった存在が戦えば勝つのが前者であるのは当然の話である。ただしそれを真実とするためには消費者たちに設定を認めさせ確定させなければならない。だからそんな無限の存在をどうにかするには、消費者に無限の存在がどうにかされる設定を認めさせることである。

 

本当によくできている設定による作品なのだが、Re:CREATORSというタイトルの通りこの作品はクリエイターたちが主題である。

クリエイターたちが作る物語やキャラクターが誰かを救いそしてクリエイターたち自身を救うこともあることを教えてくれる。

このアニメを観ればきっと誰もが創作の力を感じ、自分もまた何かを創りたくなるそんな作品である。

だから今日のブログはこの言葉を忘れないための忘備録であるために最後に記す。

 

創作に関わる、関わろうとする者たちよ、迷ったときにはRe:CREATORSを観よう!

ブログ、始めてみた

なにから書こうか迷うのでとりあえず自己紹介から。

名前はalkana、読みはアルカナ。

歳は23、九州の大学に通っている。

 

なぜブログをはじめてみようと思ったのか。

以前から、自分の思ったことや経験したことを残しておく場所が欲しいと思っていて、今回やっと行動に移せたのだ。

独白をただただ吐く場所として友達とのdiscordサーバーにチャンネルを作っていたのだが、時と共にそのサーバーも自分の場所ではなくなった。

XなどのSNSは文字数制限がつらいし、noteなどのメモアプリは機能がありすぎて使いづらいしそもそも何時なくなるのかわからないアプリという媒体に備忘録を残してもしょうがない。

そこで以前から目をつけていたブログサービスに手を付けてみることにした。文字数もちょっとやそっとでは制限来ないだろうし、ネットの片隅に投稿しているのだからなくなっても遡ることができるはずだ。それに完全な閉鎖空間ってわけでもないのがいい。個人的な出来事を記録しているのは間違いないのだが、なぜか他人に見てほしい願望もあるのだ。

 

このブログは自分の備忘録が一番なので、思ったことをそのままつらつらと書き連ねていくつもりだ。読みにくいかもしれないが、気の向いたときに続けていければいいだろう。

いつか読み返した時に恥ずかしくも懐かしくなるようなブログになることを望む。